今日は「新撰組の日」(2月27日)
ようやく、ブログを再開する気になれました。
どうしようもなく現実の世界に興味が持てなくなり、自分の過去の経験を顧みたり、日本の昔の時代の文献を漁ってみたり、相変わらず戦後の昭和史について調べてみたり、消息不明の阿部定(あべさだ)の行方について調べてみたり(生きていたら105歳)、核実験の映像をYoutubeで鑑賞したり、消滅したプロ野球チームの永久欠番(西鉄の6や24とか、近鉄の1とか)を調べてみたり(ちなみに巨人軍は、1, 3, 4, 14, 16, 34の6つ)、とにかく、非現実的なものに逃避していた2月。これから、どの世界まで行くのか?
本題。今日は、「新撰組の日」らしい。
文久2年(1862年)の2月27日。
浪士隊募集によって、約20名からなる「壬生(みぶ)浪士組」が誕生。
天然理心流(てんねんりしんりゅう)の剣術道場「試衛館(しえいかん)」のメンバーである近藤 勇,土方歳三(ひじかたとしぞう),山南敬助,芹沢 鴨(せりざわかも:この人は神道無念流(しんどうむねんりゅう)、近藤勇と対立),沖田総司(おきたそうじ),井上源三郎,永倉新八(この人も神道無念流。新撰組の中で一番長生きして大正時代まで生きた),島田 魁(しまだかい),山口一(後の齋籐 一(さいとうはじめ)),原田左之助,蟻通勘吾(ありどおしかんご)などで、壬生浪士組がスタート。
文久3年(1863年)に起こった「8月18日の政変」の活躍を認められ、その1ヶ月後に、スポンサーである会津藩主松平容保(まつだいらかたもり)から「新撰組」の名を戴きます。
蟻通勘吾は新撰組初期からずっと、池田屋事件(1864年)などで平隊士として活躍し、函館戦争(明治2年(1869年))で戦死しながらも、副長の土方歳三から「お前、いつから入隊してるんだっけ?」と聞かれるほど、目立たず地味な働きぶり。
この中で、最も好きな人物は山南敬助(やまなみ けいすけ)です。
新撰組総長。いわば、参謀役。序列で言えば局長,副長に次ぎ、3番手。
隊の規律を強化するため、上層部との意見対立で自ら脱走しても、追っ手の沖田総司に敢えて捕まり、京都に戻って「局中法度」に従って従順に切腹します。「私が法度に従って切腹すれば、隊の規律は引き締まり、脱走する者は現れない」と言って最期を迎えます。
山南敬助には恋人がいました。
丹波出身の芸者、明里(あけさと)です。
残念ながら、生まれた年と亡くなった年が不明。
山南敬助の脱走中に一緒に富士山を見に行こうとお供した明里は、途中で総司に見つかった山南の命により丹波に戻るように言われます。「必ず今度こそ、一緒に富士山を見に行こう」と約束された明里ですが、既に山南は死に装束。始めから明里は覚悟していたそうです。
この2人の恋の悲話は日本の歴史上、自分にとってかなり印象的なのものとなっています。
余談ですが、今放送されているNHK大河ドラマ「龍馬伝」に出て来る岡田以蔵(おかだいぞう)ですが、イメージとだいぶ違う俳優さんが演じているのが衝撃! なんせ、「天誅!(てんちゅう)」と叫び続けた「人斬り以蔵」として恐れられた人物です。ゴルゴ13のように殺し屋で生計を立てた人ですよ。
既に4万アクセス突破していました。皆さんありがとう。
ブログネタ: 幕末で活躍した人物の中で一番好きなのは誰?その理由は?
| 固定リンク
「歴史」カテゴリの記事
- 今日は「新撰組の日」(2月27日)(2010.02.27)
- 府中三億円事件、ちょうど40年前の今日(2008.12.09)
- 生きて歴史の証人たれ~不毛地帯~(2009.12.04)
- 三億円事件・全共闘・ジャズ喫茶・アングラ演劇・サイケデリック(2009.06.20)
- 生まれ変わるなら幕末・明治維新? 現在の衆院選挙と絡んで(2009.07.23)

コメント